
哲学的見地から見る 毛髪と人間の尊厳について |
2009年04月23日 |
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こんばんは、「明後日を読む」
司会はおなじみ 大分のアリストテレス カウンセラー一ノ瀬 です。
今日は「哲学的見地から見る、毛髪と人間の尊厳」についてお送りします。
さて、突然ですが、髪は生きるために絶対必要でしょうか。
答えは「NO」です。
ヒトは太陽光線やその他刺激から頭部を守る術を既に手に入れているため(帽子等)、
生物的に髪がなければ死んでしまうとか、健康を害するということはありません。
つまり、毛髪がなくても死にません。(フリップを出す)
では、毛髪がなくても生きていけるのか。(フリップを一枚めくる)
そう問われると、私はYESと即答できません。
なぜなら、私たち人間にとって
「心臓が動いている」=「生きている」
という訳ではないからです。
単なる動物としてのヒトではなく、社会的動物としての人間。
時に人間は、死にさえ尊厳を求めます。
ならば生に尊厳を求めないはずがない。
私たちは、ただ心臓が動いていることを求めているわけではなく、
自分らしく、堂々と、尊厳を持って生きることを望んでいるのです。
それが、人間にとって「生きること」なのです。
毛髪は、自分の外見上の印象を左右する、大きなポイントです。
もし、自分にとって毛髪が必要だと思うなら、それを持っていてこそ
「自分らしく生きること」なのです。
バイオテックには、あなたの「生きる」を支えるチカラがあります。
(司会者、黙って頭を下げる)
明日の「明後日を読む」は・・・
「なぜ大分では めざましテレビ を放送していないのか」
をお送りします。
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| 一ノ瀬 |
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